the eating & lives in TAKASHIMA

第27話 カヌーでピクニック
~家族で作るささやかで満ち足りた日々①〜
【 安曇川 】

青空と青ちゃんとブルーベリー
青空と青ちゃんとブルーベリー
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  • 平井家の生活の3つの高島らしさ
  • 1.家を自分達で改装する
  • 2.普段食べる野菜は自分達で作る
  • 3.お風呂も暖房も薪を使う
西ノ垣内の平井さんの家
西ノ垣内の平井さんの家
親子でトマトの収穫
親子でトマトの収穫
ドライトマトを作ります
ドライトマトを作ります
ブルーベリージャム
ブルーベリージャム

1)家を自分達で改装する
安曇川町中野集落。この集落には、「西ノ垣内」(ニシノカイト)と呼ばれる場所があります。垣内(カイト)は、もとは開墾を予定した一区画あるいは樹木などで囲まれた屋敷地や耕作地、小集落なども意味します。ざっくり言うと琵琶湖の西の「ちょっとええとこ」という意味だそうです。その「ニシノカイト」に住まわれているのが、今回、取材させていただく平井 崇(たかし)さんと真季さん、そして青ちゃんのご家族です。
「特殊伐採」など、木を伐るお仕事をされている若手林業家の崇さんと、お米や種子など、自然をモチーフにしたアクセサリーを作るデザイナーの真季さんは、8年前に大阪から高島に移住して来られました。自分たちの住みたいと思える環境を探して、市内で2度の引越しを繰り返し、ようやくこの場所に出会いました。2013年には、約半年かけてセルフビルドで家を改修。築60年のオンボロだった空き家を自分たちの手で素敵に改装されました。友人・知人を巻き込んでの家づくりは、人と人をつなげ、地域コミュニティづくりの原点を感じさせる取り組みでもありました。

2)普段食べる野菜は自分達で作る
真季さんから取材後に、こんなメールをもらいました。「自分の暮らしは、世界に色んな不均衡の上に乗っかってるから、自分の食べるものくらい少しくらいは自分で作って、経済から少しでも外れて自給したいなと思ったんがきっかけで、私が畑をはじめて、それが移住するきっかけにもなって、はじめの3年くらいは、畑が暮らしの真ん中にあって、すごい力を入れてた時期でした。いっぱい本読んだり、人に聞いたりで勉強したし、種から全部育てて、試行錯誤してた。大阪で育ったから、夏野菜が何かも知らずに育ち、畑のサイクルも全く感覚がなかったので、必死やったなぁ。あの頃はそんなことばっかり考えてた気がする。それが、種のアクセサリー(お米のアクセサリー)にも繋がった」とのことでした。
「田舎で野菜作り」って言葉にすると簡単そうに見えますが、何のために、どんな野菜作りをするのか、ということもすごく大事で、真季さんの言葉から、平井家の食と生活の哲学のようなものを感じました。愛する家族を想って作られる野菜は、どんな野菜よりも美味しいのではないかと思います。

3)お風呂も暖房も薪を使う
平井家には、薪ストーブと薪ボイラー、そして五右衛門風呂があります。この五右衛門風呂づくりには、僕も参加させてもらいました。そんな経緯もあり、以前、一度だけ、この五右衛門風呂に入らせてもらったことがあります。ちょうど冬の寒い時期で湯加減も抜群でしたが、お風呂から上がった後、身体の芯まで温まったのがはっきりとわかるお湯で、寒い部屋で1時間経っても身体がぽっかぽかでした。薪で直接沸かすお湯というのが、こんなにも良いものだとは知りませんでした。
また、テレビのない平井家には薪ボイラーによる床下暖房のハイテクな土間のリビングと、オシャレな薪ストーブがあり、家族以外のお客さんも自然と薪ストーブの周りに集まり、話に花を咲かせます。もちろん、消費する薪の量も半端ないですが、林業の仕事に携わっている崇さんあっての薪生活。この贅沢過ぎる自給生活は、自然のそばで暮らす者の特権なのかも知れません。

真季さんのブランド【mazar be Bracha】(http://mazarbebracha.com/)のブログには、当時のセルフビルドの様子が結構詳しく載ってますので、そちらもご覧ください。地鎮祭の様子から始まる記事は、読み応えあり、めっちゃ面白いので、お時間があるときに是非!
(「巣作り日記」http://blog.mazarbebracha.com/?eid=1069363)


ライター

原田 将
2010年、都市農村交流や田舎体験施設の運営などを行う「NPO法人結びめ」のシゴトに出会い、思い切って家族で移住。現在は、高島市内の市民活動団体を支援する「たかしま市民協働交流センター」と「結びめ」を兼務。娘2人と過ごす時間が至福。最近購入した一眼レフで、娘たちの「今」を写真に残そうとカメラ勉強中。(安曇川町在住)

カメラマン

古田 絵莉子
高島市今津町出身。2001年よりハワイへ留学し、その後ウエディングフォトグラファーとして活動。2015年12月に完全帰国し、再び高島市へ。LIFETIME PHOTOGRAPHYとして、家族や仲間ではないけど、それに近い存在で、ファインダーを通してお客様の人生の幸せな大切にしたい瞬間をカタチに出来ればと思い活動中。 住み慣れた高島市を1度離れた事で、当たり前だった自然いっぱいの景色や、綺麗な空気、美味しいお水、お米、お野菜などのありがたみを改めて感じる事が出来ました。私の持つ写真の技術で、何か力になれるものがあるならと思い、立候補させていただきました。取材へ行く度に、私の知らない場所や出会いがあり、『次はどんな取材なんだろう?』とお声がかかるのを楽しみにしています。この素敵なプロジェクトとの出会いに感謝です。 (今津町在住)

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