the eating & lives in TAKASHIMA
アドベリーのあるテーブル ~収穫日だけの贅沢なひととき~
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  • アドベリーが人気商品になった3つの理由
  • 1.はじめての品種で「オンリーワン」に挑戦
  • 2.地名を冠にした印象的な「ネーミング 」
  • 3.六次産業化や多業種連携に「時代がついてきた」
早朝からはじまる「アドベリー」の収穫
早朝からはじまる「アドベリー」の収穫
1本の木にたくさんの実がつきます
1本の木にたくさんの実がつきます
収穫を担当するのは近隣の奥さま方
収穫を担当するのは近隣の奥さま方
完熟前のワインレッドの果実
完熟前のワインレッドの果実

安曇川町にある道の駅「藤樹の里あどがわ」は、観光のお客さんや地元の人々でにぎわう大きな道の駅です。人気商品は地元で採れた新鮮なお野菜や、いろいろ選べるお弁当、そして真ん中の棚にところ狭しとならぶ「アドベリー」を使ったスイーツやお土産品です。「アドベリー」は6~7月に採れる鮮やかな赤むらさき色の木イチゴで、安曇川町各地で栽培されています。生の果実が食べられるのは旬の時期だけですが、あまずっぱい風味が活かされたスイーツは種類も多く年間を通して人気を集めています。

「アドベリー」が作られはじめたのは今から10年ほど前、道の駅「藤樹の里あどがわ」のオープンが決まった時に「それなら何か安曇川町の特産品を作ろう!」と町内の人々がたちあがったのがはじまりです。「よそに負けない、オンリーワンのものを作りたい!」という意気込みから、当時、国内ではめずらしかったニュージーランドが主産地のボイセンベリー(ボイズンベリー)に挑戦することが決まりました。
「アドベリー」という名前は、高島市への市町村合併で消えるかもしれない安曇(あど)という地名をどこかに残したいという願いから発案され、たくさんの人の賛同を得てつけられたそうです。

お米を中心とした農業を営む㈲ライスステーションタカシマの永田勝己(ながたかつみ)さんは、平成15年の当初から「アドベリー」の栽培や加工に関わってこられました。「アドベリー」の生産は、当時、誰も現物を見たことがない(!)という状況ではじまりました。果実はとてもデリケートで実ったその日のうちに収穫する必要があること、1本の木に驚くほどたくさんの果実が実り収穫にすごく手間がかかることなど、栽培して初めて分かることばかりでした。

今では高島市内で知らない人は居ないほど「アドベリー」は定着し、おしゃれでおいしい特産品として好まれています。収穫できるのは6~7月の1ヵ月ほどの期間だけ。実った瞬間からみるみるうちに鮮度が失われていく貴重な果実。この類を見ないほどデリケートで手間のかかる木イチゴが、大きなムーブメントを生み出しました。みんなで同じ目標に向かってワクワクしながら新しいことに挑戦し、リスクを可能性に変えながら事業を進めた安曇川町の人々、その意欲と努力、地域への投資と想いのたまものです。


ライター

西川 唱子
2008年、琵琶湖の対岸の彦根市より縁あって高島市に移住。「NPO法人結びめ」にて滋賀県・高島市への移住促進や、集落振興などの業務に携わる。現在は“たかしまの未来を創るシゴトおこしプロジェクト”を推進する「高島地域雇用創造協議会」と「結びめ」を兼務。高島で出会う人や文化の魅力を多くの人に伝え、繋げるために、大好きなデザインや文章で表現したいと考えています。(安曇川町在住)

カメラマン

古田 絵莉子
高島市今津町出身。2001年よりハワイへ留学し、その後ウエディングフォトグラファーとして活動。2015年12月に完全帰国し、再び高島市へ。LIFETIME PHOTOGRAPHYとして、家族や仲間ではないけど、それに近い存在で、ファインダーを通してお客様の人生の幸せな大切にしたい瞬間をカタチに出来ればと思い活動中。 住み慣れた高島市を1度離れた事で、当たり前だった自然いっぱいの景色や、綺麗な空気、美味しいお水、お米、お野菜などのありがたみを改めて感じる事が出来ました。私の持つ写真の技術で、何か力になれるものがあるならと思い、立候補させていただきました。取材へ行く度に、私の知らない場所や出会いがあり、『次はどんな取材なんだろう?』とお声がかかるのを楽しみにしています。この素敵なプロジェクトとの出会いに感謝です。 (今津町在住)

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