the eating & lives in TAKASHIMA

第30話 高島の酒【吉田酒造】
~食と酒のマリアージュ①〜
【 マキノ 】

親子で取り組む米づくり
親子で取り組む米づくり
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  • 平井農産の3つの哲学
  • 1.田植えの時期と苗の間隔
  • 2.肥入れの回数とタイミング
  • 3.地域の生産者の育成
田植えの前にも肥料で土の養分を高めます
田植えの前にも肥料で土の養分を高めます
米づくりを熱く語る平井さん
米づくりを熱く語る平井さん
恵まれた環境での米づくり
恵まれた環境での米づくり
純米酒「かじや村」のラベルにもなっている平井様のご自宅の水彩画
純米酒「かじや村」のラベルにもなっている平井様のご自宅の水彩画

1、平井さんの苗の作り方と植え方

平井さんのお米作りには、長年の経験と勘で様々な工夫がなされています。
50年ほど前、派米農業研修生として二年間、アメリカのワシントン州で農業を学ばれた経験をお持ちで、その学びを生かし高島(安曇川)の地で、気候にあった米作りをされています。
まず、苗作りは5月になってから始まります。夏の暑い時期に稲が稔るのを防ぐため、田植えは6月に入ってから。こうすることにより、猛暑の時期を過ぎて気温が下がってからじっくりと登熟するので、お米は格段に美味しくなります。しかも秋雨前線が抜ける9月末から稲刈りが出来るので、体への負担もグンと軽減できると言います。
植え方は、太く強い稲株を作るために過度な密植をせず、稲の分げつを促進させます。ゆったりと間隔を空けて苗を植え、風通しがよく、根元まで光が届く圃場作りを目指しています。しっかりと太陽の光を浴びた稲は、虫が付きにくく病気にもなりにくくて丈夫に育つのです。収穫の量よりも質を取る、という米づくりです。

2、肥料屋さんのこだわりの土づくりと肥料入れ

また、肥料屋さんでもある平井さんは、土の栄養分にもこだわります。田起こしの前には有機質の土造り肥料や微量要素肥料を入れ、普通は田植えと同時に一発肥料を一回しか入れない生産者さんが多いそうですが、平井さんは天気や稲の様子を毎日観察し、元肥の他に調節肥や穂肥・実肥を入れる昔ながらの施肥方法をとっています。多いときには5~6度も適量を入れることがあったそうです。稲の劣化を防ぐためにも大事な肥料。「どういう肥料をどのタイミングで使えばいいのか、稲の様子を見ていればわかる。」と、言い切ります。
ある程度放っておいても収穫はできるが、あえて手を入れる。そこが平井さんの肥料屋さんとしてのこだわりです。
乾燥にもこだわりがあります。通常はバーナーを使って一気に乾燥させるそうですが、平井さんは自然乾燥に近いやり方で、バーナーを使わず通風だけで1~2日掛けて乾燥させます。乾燥が済んだ籾は籾のままで貯蔵し、必要に応じて籾摺りし精米する今摺り米で、お米は真空パックした状態で販売されます。

3.海外での経験を生かして若者につなぐ就農支援

平井さんはご自身の研修経験を活かし、昭和45年から平成15年まで、海外派遣農業研修生の国内での事前研修を担当されていました。その時の後輩農家が、全国に2000人以上おられるそうです。ご自身の田んぼがひと段落つき、農閑期には農業の先生に。日本各地で海外へ農業研修に行かれる方に、アメリカやヨーロッパの農業のやり方や、言葉、マナーから、トラクターのけん引方法なども指導されていました。一方で新規就農人口が減ってきて、海外での農業研修を目指す若者も年々人数が減り、身近にも田んぼを手放す方が多くなってきたそうです。
若い人が農業を継続してゆくためにはどうしたらいいのか?
どのように兼業農家をしていったらいいのか?
専業農家の場合、農閑期に何をして生活をしていくのか?
アメリカやヨーロッパの農業と日本の農業との違いも含め、いろいろな切り口で日本の農業について真剣に考えておられます。


ライター

岩城 美穂
大阪府高槻市出身。若い頃は都会に憧れ、大阪市内に住む。子どもが生まれ、環境の良い所でのびのびと育てたい!と一発奮起。2000年に、夫と当時1歳と生まれたばかりの2人の子ども、家族四人で親戚も知り合いもいない高島市に思いつきで移住。家族でのびのびし過ぎ、子ども五人に増えました(笑) 7人家族になった現在は、家事育児を楽しみつつ整理収納アドバイザーとして自由に働く傍ら、市民活動やキリスト教会の奉仕活動など、「頼まれたらとりあえずやってみる」精神でいろいろな事に挑戦中。今回、ライターとして少しでも高島の魅力を伝えられたら、と思います。

カメラマン

古田 絵莉子
高島市今津町出身。2001年よりハワイへ留学し、その後ウエディングフォトグラファーとして活動。2015年12月に完全帰国し、再び高島市へ。LIFETIME PHOTOGRAPHYとして、家族や仲間ではないけど、それに近い存在で、ファインダーを通してお客様の人生の幸せな大切にしたい瞬間をカタチに出来ればと思い活動中。 住み慣れた高島市を1度離れた事で、当たり前だった自然いっぱいの景色や、綺麗な空気、美味しいお水、お米、お野菜などのありがたみを改めて感じる事が出来ました。私の持つ写真の技術で、何か力になれるものがあるならと思い、立候補させていただきました。取材へ行く度に、私の知らない場所や出会いがあり、『次はどんな取材なんだろう?』とお声がかかるのを楽しみにしています。この素敵なプロジェクトとの出会いに感謝です。 (今津町在住)
三上 紀顕
1940年山口県生まれ。職歴は建築設備士、健保職員。滋賀に来て47年になります。私が本格的に写真を始めてから46年になります。大阪のプロ写真家に師事し基礎から学びました。今私の得意としているのは風景写真です。特に撮影している範囲は高島市内です。写真も奥が深くまだまだ道半ばです。(安曇川町在住)

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