the eating & lives in TAKASHIMA

第6話 シェフズホームパーティー
~マキノの羨ましいコラボレーション~
【 マキノ・森西 海津地区 】

水口夫妻、杉木立の中のシイタケ畑にて
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  • 水口夫婦が円満に農業を続ける3つの
    ポイント
  • 1. 愛情と思いやり
  • 2. それぞれが役割を持って、支えあうこと
  • 3. ビジネスとして利益を出して継続すること
水口夫妻と話す中村フミコさん、ダイコン畑の前で
水口夫妻と話す中村フミコさん、ダイコン畑の前で
色とりどりのダイコンをいただきました!
色とりどりのダイコンをいただきました!
黒いダイコンの中は真っ白、このままだとちょっと苦い
黒いダイコンの中は真っ白、このままだとちょっと苦い
太く育ったゴボウ
太く育ったゴボウ

マキノ高原へのアプローチ、美しい景観で知られるメタセコイヤ並木の入口に、小さなカフェがあります。コティカフェ(コティはフィンランド語で「家」の意味)と名付けて切り盛りするのは、店主の中村フミコさん。7年前、東京から滋賀県にUターンし、大好きなマキノでたくさんのつながりを生み出したい!とオープンした手作りのカフェです。人や地域とのつながりを大切にする中村さん。メニューには高島産の食材をふんだんに使います。今日は、いつも新鮮な有機野菜を届けてくれる農園のひとつ「水口ファーム」さんを訪ねました。

カフェからほど近い美しい田園風景の中に、水口さんの緑あふれる農園があります。手前に広がるのは茎ブロッコリーの畑、その向こうにはゴボウ、ダイコン、ニンジンなどが一面に育てられています。「ここは初めて借りた農地で、木が生えていたところを開墾しました。2人で石を拾っていたら、隣も使うか?と貸してくださって、広い畑にできました。」と話すのはご主人の水口淳さん。奥さまの良子さんと夫婦2人で農業をはじめて3年目、自然の力を活かしてつくる美味しい野菜はしっかりとファンを増やしています。「こんなの使えますか?」と抜いてくださったダイコンは鮮やかな赤色をしています。その後も緑、黒、ムラサキ、と次々に現れるカラフルなダイコンに、目をまるくする中村さん。「色と食感を楽しんでもらえる料理ができないかな。」と3人で相談がはじまります。

このほかにも、葉もの野菜や玉ねぎ、ニンニクなど多品種の野菜をつくる水口さんですが、冬の主力商品は、市内でもトップクラスの量を生産する原木シイタケです。集落の周辺に林が点在するマキノでは、木立の中の光や気温を利用するシイタケ栽培が盛んです。水口さんもお父さんやお兄さんと一緒に近くの山から雑木を切り出し、こだわりの肉厚シイタケをつくっています。

以前は輸入した服やアクセサリーの小売をしていた淳さん。リーマンショックで売上が落ち、奥さまやお子さんとのこれからの生き方を考えた時、「今、いちばん可能性があるのは、自ら生み出すことができる“農業”だ。」とこの道に進むことを決めました。「マキノは何をやっても可能性があるところ。大きな農家はいないけど、シイタケや加工品など工夫して冬をのりこえ、利益を得ていける。」土地と自然を活かし生かされる水口さんのお野菜には、マキノの清々しさと優しさが詰まっています。


ライター

西川 唱子
2008年、琵琶湖の対岸の彦根市より縁あって高島市に移住。「NPO法人結びめ」にて滋賀県・高島市への移住促進や、集落振興などの業務に携わる。現在は“たかしまの未来を創るシゴトおこしプロジェクト”を推進する「高島地域雇用創造協議会」と「結びめ」を兼務。高島で出会う人や文化の魅力を多くの人に伝え、繋げるために、大好きなデザインや文章で表現したいと考えています。(安曇川町在住)

カメラマン

高村 洋司
1965年生まれの50歳。 成人式の当日は他人の振り袖撮影助手していた・・と書くとその道30年以上のベテランみたいになるのですが3年ほどは写真と関係のない仕事をしていたこともあります。結局戻ってしまい現在に至ります。今住んでいるマキノの家は2006年頃から手を付け始め、住めるようになったのは3年程前。大工仕事やメカニックが本業だと思われているフシもありますが違いますのであしからず。
太田 彩
長崎県佐世保市出身。なぜ高島に来たのかと尋ねられると「成り行きです。」田舎すぎず都会すぎず、湖ばかりでなく山ばかりでなく、何かとバランス感覚に優れた高島に惚れ、地域おこし協力隊に。活動集落内では人生の大先輩たちに囲まれ、「変わる勇気」と「変えない努力」を学ぶ日々を過ごしています。

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