the eating & lives in TAKASHIMA

第10話 あずきのバトン
~朽木のおばあちゃん達のクリスマス会~
【 朽木・市場地区 】

うねの農園 采野さん(左)と田中さん(右)
0
  • 采野さんの農業に対する3つのこだわり
  • 1.自分の感性を信じる
  • 2.人から聞いたことを鵜呑みにしない
  • 3.自然に敬意をはらう
畑の小豆
風に吹かれカラカラと音をたてる秋の小豆
小豆とさや
サヤの中には小豆がたんまり
ざるで乾燥させているときれいです
1サヤの中にはほんの数粒でも、集まればこんなに
豆を選別します
今年も粒ぞろいのいい小豆ができました

小豆のバトン、第1走者は今津町で代々農業をされている釆野さん。25歳になる年から本格的に就農した釆野さんは主にお米を生産している。
小豆は自宅とご近所さんにわける分の生産だが、有機栽培で丹精込めて育てている。

そんな釆野さんの生産方法はとても合理的。それはアメリカ留学で培った視野の広さと元来の好奇心に裏付けされている。有機栽培に切り替えたのもご自身の代から。
留学先から戻ったときアメリカと日本の農業の違いにまず驚いた。日本ではおじさんがマスクも付けずに何気なく散布している農薬はアメリカでは検査官の厳重管理のもと農薬散布用の防護服を着て規定量しか散布できないことになっている。いったい日本はどれだけ農業で後れをとっているのだろう。それでも日本では農薬を使うのはあたりまえで、周囲の目は有機農業に厳しかった。農薬を使わないことで雑草が茂っている田んぼは蔑みの対象になっていた。ところが一方で高島市には有機農法研究会という会も発足しており自身も周囲の反発を感じながらも実際に話を聞いてみないと判断がつかないと思い単身で飛び込んだ。
話を聞いているとやはり有機の考え方は明らかに筋が通っていて自分が選ぶ道がはっきりと見えたという。

愚痴っているばかりでは何も変わらない、自分が自信を持っているものでなければ強く薦めることはできない。従来のやり方に囚われるばかりでなく、本質を押さえておくことの重要性を感じた。
しかし有機農法とは常に自然の状況に大きく影響を受けることが宿命。今年上手くいったことが来年上手くいくという保証はどこにも無い。常に何故上手くいったのか?何故駄目だったのか?自然環境との対話から独自の方法を編み出してゆかなければならない。それはとてつもなく大変なことではあるけれど、上手くいったときの喜びは何よりも大きなものだということを感じている。


ライター

太田 彩
長崎県佐世保市出身。なぜ高島に来たのかと尋ねられると「成り行きです。」田舎すぎず都会すぎず、湖ばかりでなく山ばかりでなく、何かとバランス感覚に優れた高島に惚れ、地域おこし協力隊に。活動集落内では人生の大先輩たちに囲まれ、「変わる勇気」と「変えない努力」を学ぶ日々を過ごしています。

カメラマン

春山 太郎
今津に住んで46年、カメラ歴約20年。15年前に自動車タイヤ部品販売会社を退職してからは湖西フォトクラブ会員となり風景やネイチャー写真を撮り歩いています。今津山上会(高島トレイル・近江坂古道整備)、今津ガイド勉強会(街中案内)、ヴォーリズ今津郵便局の会等のボランティア活動もしています。(今津町在住)
坂井田 智宏
名古屋市から高島市朽木に移り住んで、10年目を迎えています。移住前に1年間の山村ボランティアを経験しており、同期でその活動していた妻と、3人の子ども達に囲まれ、地域の方々に温かく接していただき、暮らしを楽しんでいます。 普段から、勤めている観光協会やプライベートで、様々な写真を撮ります。まだまだ未熟な腕前ですが、触れたくなる、食べたくなる、生で感じたくなるような画が撮れたらと思っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA